【徒然読書日記】 その34 羊と鋼の森

 

羊と鋼の森 (文春文庫)

羊と鋼の森 (文春文庫)

 

森のにおいがした。秋の、夜に近い時間の森。風が木々を揺らし、ざわざわと葉の鳴る音がする。夜になりかける時間の、森のにおい。

問題は、近くに森などないことだ。乾いた秋の匂いをかいだのに、薄闇が下りてくる気配まで感じたのに、僕は高校の体育館の隅に立っていた。放課後の、ひとけのない体育館に、ただの案内役の一生徒としてぽつんと立っていた。

 

人生を変える出会いがあった。

 

高校生のある日、先生に頼まれて調律師を体育館まで案内した少年は、そこで耳にした曲ですらないただの鍵盤の音に魅せられた。音楽の素養などなく、これまで何度も聞いてきたはずのピアノの音に、調律という手が加わったことで魅せられた。生まれ育った森を幻視するほどに。

 

そして少年は調律師を目指すようになり、憧れた調律師の店で働くようになる。けれど情熱があろうとも、これまで音楽について何も学んだことのない人間がやすやすと目標に達することなどできはしない。憧れるものに触れようとしても、自身の手では決してそこまで届かない。そんな苦しみに苛まれながらも、ピアノと関わる中で出会った美しいものがあり、そこから生まれる新たな願いがある。

 

音楽やピアノに対する描写もそうですが、ストーリーや登場人物の内面など含めて非常に美しい作品です。

 

芸術家を主人公として作品はそれなりにあるかと思いますが、調律師を主人公とした作品は初めて知りました。調律師って専門学校を出てなるんですね。いろいろと新しい知識も得られました。

 

以前紹介したピアニストが主人公のこちらの作品もおすすめです。

tatarianaster.hatenablog.com

 

羊と鋼の森

羊と鋼の森