【徒然読書日記】 その37 忘れられた巨人

忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)

忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)

 

 

ノーベル文学賞を受賞した日系イギリス人作家カズオ・イシグロの代表作の一つ。

 

6・7世紀のイギリスを舞台としたファンタジー小説です。

人々の記憶を封じ込める霧に覆われたイギリスにおいて、老夫婦が息子の住む村へと旅立つことがベースとなっている。記憶を封じるといっても昨日のことも思い出せないわけではない。直近数か月の記憶はあるし、昔のことであっても覚えていたり、その時の感情は思い出せたりする。なんだか変だと思っていると物語が進むにつれ、どうして忘却の霧がもたらされたのかが見えてくる。そしてこの世界の有り様が明らかになっていくとともに、時折蘇る記憶によって、かつて夫婦の間に起こった出来事が思い出されていく。

 

物語の開始当初はお互いを尊重し、愛し合っていた夫婦に訪れた過去が姿を現すごとに不穏な影がちらついていく。忘れ去られることによって平穏をもたらしていた過去を思い出すことによって、現在の平穏が揺らいでしまう。

この作品では一貫してこの問題が登場人物と我々の前に現れる。過去に対してどう接するかというのは、個人であれ集団であれ逃れられない問題だ。個人はいうに及ばず、宗教や歴史問題による衝突は現代においても数多く存在する。

 

過去を見つめて対し続ける道

過去を忘れ現在の問題をなかったことにしてしまう道

 

尊厳と平和 共に貴いものを守ろうとする道であってもその手段は決して相容れず、どちらの道を選んでももう一つを犠牲にせねばならず、どちらかを選ばねばならない。そしてそれは個人の問題ではなく、今を生き未来を生き続ける人々と今を生き現在までを築いてきた人々全てを内包する問題なのだ。

 

あなたは過去を貴びますか?それとも今のためには過去を犠牲にしますか?